(三)二週目 ―(ー)一回四一〇円という壁(虐殺器官)
京都の銭湯は一回四一〇円。ちょっと前まで三九〇円だったのだが、これが値上がりした。それはまるでぼくたちの財布に対する「虐殺」に等しい。
『虐殺器官』。伊藤計劃が初めて世に出した書であり、『ハーモニー』の前日譚とも読めるこの作品。「メタルギア」シリーズを彷彿とさせるガジェットの魅力、「虐殺器官」とは何か?という謎。ゲーム感覚の戦争という「戦争を知らない世代のリアルな軍人」というものも見えてくる。
軍人だって、ピザを食べて、うじうじ悩んで、鬱屈している。ガトリングひっさげて、ダストシュートくだっても傷一つなくて、バイク乗りながら片手でショットガンぶっ放すだけが「戦闘」じゃない。そんな感じ。
心とは。死とは。社会とは。『ハーモニー』がラノベ的要素を含みながらこれらを提示するように、『虐殺器官』もまた、一見単純な「エンタメ小説」とも、「社会派SF」とも読むことが出来る。(ぼくは普通にエンタメとして読んだが、どうも、SF界隈では「社会を分析している」「社会意識の共有」と読む流れもある。)
そして行われる、「虐殺」。血なまぐささや、泥まみれ感が希薄の、けれども生々しい、システム的「虐殺」。
戦闘でも、銭湯でも、「実感」の変化はあったのだ。
それが四一〇円の重み。日々財布と口座を削る、虐殺。社会の、恣意的な脅威。
この虐殺の器官に対して、ぼくが選んだ一つの手段が、「コスパ」だった。
松葉湯
【松葉湯】
京都市上京区下立売通御前東入西東町356
http://funaokaonsen.net/
円町駅近くに点在するこの銭湯。付近はお寺が密集しており、丸太町通りから一本中に入っていることもあってかとても静かなこの場所。一見可愛らしい外見のその建物は、けれども値上げ(虐殺の文法)に対して確かな抵抗力を発揮する。
浴場の巨大なアルプスのタイル(是非銭湯に行った際はタイルを見て!)、何のために造ったか不明な湯のでる置物。大量のインコが見える浴室。そして露天。
なんというか、こう、「これが四一〇円なのか!」という感慨すら沸かせる。そう、大事なのはコスパである。
他にも古時計、大正末期の料金表と「世にも(ある意味で)珍しい」ものが目白押し。コスパとは、付加価値のことでもある。単に湯に入るだけではない。「何かある」と思うこと、これが虐殺の器官に対する、ぼくたちの風呂に入る時の答えなのである。
そして、ロビー、玄関、脱衣所といまどき珍しく、どこでも煙草が吸い放題なのもイチオシのポイント。脱衣所のテレビで、ロビーの新聞で、「社会」を知りながら、風呂に触れ、伊藤計劃以後とは、と考えることこそ、真の抵抗なのである。
Photo © http://www.kyo1010.com/matsuba-yu/feature.html
(四)三週目 ‐セカイ、蛮族、ふろ。
「遅刻遅刻遅刻ぅ~」
と甲高い声で叫ぶその口で同時に食パンをくわえた器用な女の子が、勢い良く曲がり角から飛び出してきてぼくに激しくぶつかって転倒したのでぼくは風呂に入った。(伊藤計劃なら犯しているところだ!)
ぼくは実はマルコマンマン人の末裔で、転校するたびに「マルコでマンマン人かよ~」と笑われるおで、それが嫌いだ。そんなやつらは女風呂に入れて、桶で頭を割られる状況に追いやる。(伊藤計劃なら斧で直接叩き割っているところだ!)父は「気に障る異民族は犯すか殺すか奪うかに限るなあ」と下卑た声で言い、誇りを捨てるな、と言ってくるけど。
ぼくは、蛮族なのだ。
けれども、「伊藤計劃以後」のガスの止まった風呂の蛮族だから、マルコマンニ人よりかは、優しいのだ。
栄盛湯
【栄盛湯】
京都市左京区下鴨膳部1
http://www.kyo1010.com/kyogoku-yu02/
学校で、斧で生肉を一人でポツンと食べてると、委員長がハート型の弁当をもって来てぼくの前においてこう言った。
「そんな生肉なんか食べてるのみてると可哀想だから、これ食べなさい。野蛮人に文明を教えてあげるっていってんの。べ、べつにあなたに好意があって作って来たとかそういうんじゃないんだからねっ!」
やれやれ。ぼくは強姦した。(伊藤計劃もやってた!)
そんなこんなで、蛮族であるぼくは、ここ、下賀茂神社の北にある、庭の大きな銭湯、「栄盛湯」に来た。
この銭湯で特徴的なのは、暖簾をくぐるまでにある、和風っぽい、庭である。唐風の大きな店の建物と相まって、蛮族であるぼくには素晴らしい満足感を与えてくれた。中は至って普通の銭湯ではあるが、蛮族な君も、蛮族でない君にも、是非行ってみて欲しい銭湯である。
蛮族であること。それが風呂なのであったりするかもね。
Photo © http://www.kyo1010.com/eisei-yu/
(五)おわりに
「遅刻遅刻遅刻ぅ~」
紙面と締切とぼくの才能の都合で、多くの銭湯が紹介しきれなかったことは悔やまれることではあり、ここにお詫び致します。何より、もう、ガス料金を払ってしまったのは最も悔いるべきことでありましょう。伊藤計劃という偉大な作家が、ぼくたちに問い続けること、それを風呂の中で考えるのは、これから辛い日常を生き続けるためにも、必要なことであると、けれども、ぼくは思います。これから先、ガスが止まった場合、伊藤計劃以後を考えてみたくなった場合、その他なんでもいいやって場合もろとも、是非、銭湯に行ってみてください。日本有数の銭湯地、京都があなたを待っています。最後に、紹介しきれませんでしたが、是非お勧め!の銭湯を幾つか紹介して、閉めとしておきます。
Photo © https://tvhustler.net/itokeikaku/